紅茶片手に読書している。そして音楽を聴きながら

本の感想、コンサート記録など書いています。

石川県立音楽堂、牛田智大ピアノリサイタル

行ってきました!
ついに金沢にまで。
牛田さんの演奏を聴くためだけに(^_^;)

牛田さんのファン友さんから、愛媛の「死の舞踏」がとてもよかったと聴きました。
「死の舞踏」のはいったプログラムで行くことが可能そうなのは、
今回の「金沢」と「大阪」だけで、日程的に大阪が難しそうだったので、
ちょっと無理をしましたが、今回行くことにしました。

2015年 1月25日、石川県立音楽堂 14時開演です。

今回のリサイタルでは、プログラムに各曲の説明が詳しく書いてあり
とても嬉しかったです。
以下、本読みの妄想的感想です。

一曲めはモーツアルトソナタ11番、トルコ行進曲付きでした。
よくトルコ行進曲でのみ演奏されますが、個人的には全曲通して聴くのが好きです。
何より冒頭が好きなので。
牛田さんは、とても柔らかな優しい音で、弾きはじめられました。
音楽の世界へと誘うような音色でした。豊かな音色と変化にとんだ色彩に魅了されました。


二曲目はショパンのバラード1番。
この冬は、この曲といったら羽生くんですよね(*^_^*)
でも、羽生君のことを思い出す間もなく、牛田さんの音楽世界に弾きこまれました。
モーツアルトとは異なる、ロマンティックな音色でした。
激しさと切なさ。吟遊詩人が奏でるバラッドには、詩がついたことでしょう。
でも、ショパンは音色だけで実に豊かな詩を書いたのだと思わせる
このバラード1番。
音楽のリズム感が、たとえばハイネや、ヘッセの詩のリズムにどこか似ている気がします。
おしゃべりな、情感あふれる音楽でした。

三曲目はリストの詩の舞踏。今回一番聴きたかった曲です。
激しい曲であるものの、どこか愛しさと切なさが感じられました。
牛田さんがこのような激しい曲を弾かれると、
感情を叩きつけるような音楽には決してならず、どこかに柔らかさや繊細さ、そして
どういうわけか、愛情を感じてしまいます。
Dies irae 」のパラフレーズであるこの曲。最後の審判
深い深い闇の中。激しい感情の渦のその場所に、どこからともなく、柔らかで優しい
神の御手のような光がさすような感覚がありました。
それが、牛田さんの音楽の魅力なのかな、と勝手に思っています。

休憩の後

後半一曲目はトロイメライ
CDにもあった曲ですが、今日はとてもやさしく、どこまでもやわらかな音に聴こえました。
音を愛しむかのように、そっと鍵盤をたたく姿が見えたように思いました。

二曲目がショパンの「別れの曲」
まるで、音をやさしく抱きしめるかのような、いつくしむかのようなメロディーで
前半の激しい曲とのギャップに、ほう、とため息がもれました。

後半三曲目、リストの「ラ・カンパネラ」
以前愛知で聴いたときは、ぐっと感動したこの曲ですが
今回は、さらりと聴こえてしまいました。

四曲目ラフマニノフソナタ2番
牛田さんの音楽は、どういうわけか、文学の香りがするように思います。
本読みの妄想ですが(笑)
今読んでいる、ドストエフスキー罪と罰の風景が、ふいに蘇りました。
酒場でラスコーリニコフマルメラードフの話を聞いている時のような
胸をかきむしるような、もの苦しい感じがします。
哀しみの中に自らを貶めながらも聖書を読み、神の許しを求め
「 Miserere 」と唱えるかのような。
ラスコーリニコフがソーニャに聖書のラザロの復活を読ませるような
「この人も、この人も、闇のなかにいる、神を信じないこの人も」
ソーニャのつぶやきが聞こえるような、そんな音楽です。
そして、闇が深くあればあるほど、光の柔らかさと暖かさが感じられる、
「死の舞踏」で表された、闇と光、罪と許し、人と神。その対比と出会いが
もう一度深く深く繰り返されるかのように感じられました。

アンコールは

ショパン ノクターン9−2
プーランク エディットピアフを讃えて
ニノ・ロータ ロミオとジュリエット
バタジェフスカ 乙女の祈り

闇と光、人の罪と神の愛を見るかのような本編に対して
人の愛、人間の賛歌、愛の喜びを歌い上げるかのようなアンコールに思えました。

素晴らしいリサイタルをありがとうございました。