わかること
簡単に「わかる」のは危険だなあと
最近よく思う。
「わかる」が時としてその先の思考停止に陥ってしまう。
わかったと思っても、どの範囲まで、どの程度わかったのかを
もっと客観的に見つめられるようにしたい。
わかった先の「わからない」を常に意識するようにしないと。
そういう意味では、教えること、質問を受けることは
自分の「わからない」が鮮明になって
とても怖いことではあるけれど
とても大切なことなのかもしれない。
というのを、子供が友達に、今、必死になって、
学校のテスト範囲の内容を教えているのを
横目で見ながら思っているのでした。