紅茶片手に読書している。そして音楽を聴きながら

本の感想、コンサート記録など書いています。

牛田智大さん、東京オペラシティ ピアノリサイタル

東京に行ってきました。
牛田智大さん、オペラシティリサイタル。

今日はめずらしく、こちらで先の感想です。


まず、とんでもないピアニストがいたものだと、
彼は、本物の、天性のピアニストであると、思いました。

すでに、あちらこちらで情報が流れていることと思います。
牛田さん、1月23日の愛知で途中で体調不良になり
2月6日の浜松で、舞台上で倒れていらっしゃいます。

その一週間後の舞台。

東京オペラシティは、牛田さんのデビューしたホール。
何度もリサイタルやコンサートで立たれた舞台。
ホームグランドと言ってもよい場所なのではないかと思います。

それでも、今回舞台に立つ緊張、プレッシャーは相当なものだったのでは
ないかと思います。

少なくとも自分なら、次は怖い。
でも、慣れた舞台なら、自分を賭けられる。

ピンチであり、チャンス。
そう思うのではないかと。

前半、緊張した面持ちの牛田さん。
髪はいつものぴしりと固めた感じではなく
サイドがごく軽く流れている感じに見えます。

一曲目は、グリンカ ひばり。
美しい音色が会場を満たします。
オペラシティは、木で作られた、天井の高いホールです。
どこか、森の中のような雰囲気のあるホール。

そこに、きらめく音が鳴り響きました。
音色の美しさが心をそっと撫でてゆきます。

二曲目は、くるみ割り人形
行進曲が始まった途端
音が愛知と違うと思いました。

曲が進んでゆくごとに、どきどきが、ワクワクに変わってゆくのを
少しずつ感じます。

トレパーク。
ロシアの踊り。
はずむリズムが美しいです。

詳しい曲の感想は、別サイトに書くことにします(←逃げた)

愛知で、浜松で、
舞台が拍手で、成功で終わることが
決して当たり前ではないことを知りました。

くるみ割り人形
曲が、どんどんと色づきはじめ
輝き始めるのを感じました。


お帰り。舞台に帰ってきたね。

くるみ割り人形が終わると、牛田さんから、笑顔がこぼれたように思いました。

「バラード1番」
「死の舞踏」

牛田さんの色に染められた曲たち。
こんなフレーズがあったのかと、またしても驚かされる
新たな工夫。

音の幅も、音色の多彩さも、聴くたびに磨かれてゆくように思います。

休憩の後。

牛田さんは、きっちりと髪をセットして
にこやかに登場されました。

「愛の悲しみ」「愛の喜び」
どちらも、なんと明るい音色。
なんと優しい音色。
音色がどんどん多彩になり、やわらかになり、会場を包み込んでゆき
ほぼ満席の観客の心を巻き込んでゆくように感じます。

ラフマニノフの「パガニーニラプソディー」
天の許しのような、闇にさす光の音楽。

そして、「展覧会の絵」が始まりました。

衝撃でした。
「男子三日会わざれば括目して見よ」
その言葉、そのものを、今ここで目にしました。

日々鍛錬している人は、三日で驚くほど成長する。

先週とは、もう別人です。

これは、ダンテの「神曲」なのではないか。
あの長大な文学が、今目の前で、音楽として展開されているのではないかと
絶句しました。
かつて聴いた、牛田さんのリスト「ダンテを読んで」が思い出されます。
しかし、それよりもはるかに重みのある
人生の深みと、悩みと苦しみと
魂の深い深い闇と、同時にある、どこまでの美しい、清らかな光。
それらが、音に宿るピアノ。

今日のプログラムには
牛田さんがどんな想いで、これらの曲を弾いていらっしゃるかが
書かれていました。
その中に
「僕はこの曲を弾くときに、人が亡くなった後人生を振り返って
天国に行くか、地獄に行くかの裁きを受けている様子をイメージしています」
とありました。
その言葉にひっぱられたのかもしれせんが。
まさに、地獄の中からうめき声が聞こえるような
天使のささやきが聞こえるような思いがしました。

この人は、
この世に天国と地獄を同時に見せることができる天才だ。
悪の世界の闇と嘆きとうめきを描きだしながら
天のどこまでも高い光を、何ものの存在も許さない圧倒的なまでの光も
同時に描き出す。
そして、罪の許しを。
どこまでも優しい
悪人でさえも、救うのではないかと思えるほどの
慈悲の音色。

このピアノは「魔性」であり「神聖」である。

古い殻を脱ぎ捨て脱皮するかのように
少年に別れを告げ、青年へと進化する瞬間のように。

死であり同時に新たな誕生でもある。

それらが、会場を渦のように巻き込み、どこまでもどこまでも登ってゆくかのようで。

曲が終わった途端、会場に「ブラボー」の声が、湧きあがります。
すさまじい拍手。会場が熱気に包まれます。

この瞬間は、あらたな歴史が刻まれた瞬間だと思いました。
ピアニスト牛田智大の新しい
歴史のページがめくられた瞬間。


アンコールは、
シューマントロイメライ
ガーシュインラプソディ・イン・ブルー」(短縮版)

トロイメライの優しい響きを聴いた途端
こらえていた涙が、あふれだしました。


牛田さんの、これからに
盛大な拍手と、敬意を贈ります。

彼のピアノを、今聴ける幸せに、感謝を。